外に出ると日はとっぷり沈んでいた。
もう夏もいよいよというトコロだけれど、流石にこの時間になってしまっては暗い。
くたびれた空気に促されて、ギリンマは溜息を吐いた。

本当なら業務はとうに片付いている筈の時間帯、山のような報告書と反省文のお陰で
心身ともにぐったりだ。仕事上のミスのペナルティとしてはあまりにもあまりなその
仕打ちを、あの会社ときたら毎度のようにぶつけてくるのだから堪らない。きっと社
員を“ものを言う道具”くらいにしか思っていないのだろう。(クソっ!)

大量の書類を渡す上司の嫌味っぽい顔は‥

―思い出すだけで腹が立つ!

口元に自然と力が入りギリリと歯の擦れ合う音がする。
首の後ろから嫌な痛みが奔って一気に気力が失せる。長時間同じ姿勢で居た為だろう。
再び溜息が出た。

生ぬるい空気を押しやって風がどこからか煮物のものであろう香りを運んできた。そ
れはごく普通の家庭料理の匂いで、だから余計に気が滅入った。

大分疲れが溜まっているらしい。
夜の公園というやつが苦手でいつもなら迂回するものを、今日に限っては中を突っ
切ることにした。その方が近道なのだ。

―とにかく早く帰りたい。

街灯は頼りなく薄暗い公園を足早に歩く。ベンチでは体の大きな男が、猛獣の雄叫び
かと聞きまごう如き凄まじいいびきを掻いて寝ていた。

―‥浮浪者か

侮蔑を込めた眼差しを送り通り過ぎかけて、ふとギリンマは足を止めた。

―この男、何処かで見たな‥‥‥そうだ会社だ。

一度か二度、すれ違った覚えがある。確かバイトで入った青年で、名前も知らないけれ
どその大きな体が印象に残っていたのだろう。確か‥仕事を放って行方知れずになった
、と上司がぼやいていた。


―ああ、クソっ!

会社のことを思い出したらまた先程の気分が蒸し返された。
憂さ晴らしに目の前の男を叩き起して嫌味の一つでも言ってやりたい。そんな衝動に駆
られて彼を見ると、妙な違和感があることに気が付いた。
いびきがおかしい。
その音自体も異常だが、いびきと別にすぅすぅと寝息が聞こえるのだ。更に、通常なら
ば頭部から聞こえてくるべき筈の音が、違った所から聞こえる気がする。その音の発信
源は‥体の中心部。

「まさか‥‥腹の音‥‥‥」

にわかには信じ難かったが事実を繋ぎ合わせればそういうことになる。
考えてみればこんな場所で野宿をしているくらいだ、ろくに物も食べていないのかもし
れない。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

ギリンマにとって、関係といえる程の関係もない彼がどうであろうと正直知ったことで
はない。けれど、何故だか妙に切なくなり、(泣きたいような気にすらなった)彼をその
ままそっとしておいてやることにして、その場を後にした。

帰る道々、ギリンマは三度目の深い溜息を吐いた。




ギリンマ君はああ、この子も苦労してるんだなーみたいなシチュエーションに弱そう^^ 2008/03/07